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HAPPY Car Life * -JOETSU-

2018.01.28

上信越、バレーノと小さな旅4

車種名 バレーノ XG

 

   “激走!!三国街道 往路篇”

 

こんにちは、上越中央のOです。

 

前回、近所を車を使わず『散策』したのですが、一部から『車のブログなのに車を使ってないのは違うくね?…』とのご指摘がありました。

 

‥ドライブですからね、なので今回はタイトルに『上信越』と銘打ってあるにも拘らず、信(=長野)、越(=新潟)はやりましたが、上(=群馬)はやってないことに気付き、休日を使い真冬の上州(群馬)までバレーノと共に行ってきました。

 

行程としては基本、高速道を使用しない旅としていますのでせいぜい片道2時間くらいの小さな旅。群馬県の中心地までは無理なので、群馬県北部(群馬の方がいうところの群北(グンポク)エリア)に足を延ばしてきました。180109_095851

 

 

ざっと行程としては上越→安塚→松之山→十日町→南魚沼→湯沢→群馬。

 

 

そう!『三国街道』です。

 

 

上杉謙信が上越から関東方面に赴く際に、使用したルートをベースにバレーノを走らせてきました。

 

 

『でも、三国街道って、寺泊・出雲崎を出て長岡・小千谷・魚沼ルートではないか?』という声も聞こえてきそうですが、仰る通り。

 

 

そこで今回選んだルートは『北国街道』から分岐する『松之山街道』を利用。

戦国の世の以前からあり、上杉謙信公が関東方面に赴くために整備した軍用道、それがのちに地元の方がいうところの『松之山街道』になったのです。

今となってはハイキングやトレッキングのルートとなっているところがほとんど。

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現在は国道403号・405号かその名残となっています。

 

 

自宅を出て、405号を進み、東頚城エリアに入ると景色は完全に冬。それだけ高田は少雪(出かけた時点)。

 

信号も少なく、山を3つほど越えて十日町市。国道253号の八箇峠越えもいいのですが、マイナー好きのOは松之山経由の国道353号線・十二峠越えで石打まで出て、国道17号線(別名酷道17号線)へ。

 

 

 

久しぶりですよ、12~13年ぶりかな、魚沼エリアの国道17号線を通るのは。

 

 

今回の旅は『三国峠と三国トンネルの今を見に行く』ことを主目的に出かけてきました。

 

三国峠は古くは東北平定に向かった坂上田村麻呂も通ったとされ、戦国の世には上杉謙信公が軍用道的要素の強い街道として整備をはじめ、江戸時代から近代にかけては日本海側から太平洋側を最短で結ぶ物資輸送路として鉄道の上越線と共に更に整備が進められ、戦中から戦後にかけては国道17号線として、昭和32年にトンネル貫通、同34年にはトンネルを含め、新潟県湯沢町三国と群馬県利根郡新治村吹路(現・みなかみ町吹路)まで開通。現在も上越新幹線・上越線・関越自動車道と共に『大動脈』的な交通路として利用されています。起点は東京・日本橋、終点は新潟市とされています。

 

そんな三国トンネルも昭和34年の完成ですからね…約60年も使われ、老朽化が著しく進み、現在では新しく『新三国トンネル』が建設されています。

 

車の免許をとりたての若かりし頃、ボロのスカGで何回このトンネルを行き来し、峠道で腕を磨いたことか…それだけに『新しいトンネルになる前に、今一度見て・通ってみておかねば…』と、思い入れの強い上州路を目指したわけです。

 

 

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 石打から湯沢市街へとバレーノを進めると、だいぶ湯沢の街道筋も賑やかになってました。

 

バブルのころに建てられた高層マンション群もスキー場と共に健在で、苗場プリンスホテルもシルエットこそ変わりはありませんが、外装に手を加えたようですな。いいホテルになってました。

 

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途中、貝掛温泉の看板も懐かしく眺めることが出来ました。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芝原、二居の2つの峠を通過、苗場プリンスホテル、浅貝を横目に更に高崎方面へ。

 

 

目指すは三国街道最大の難所『三国峠・三国トンネル』へとバレーノと共に進みます。

 

 

 

 

・・・続きは次回に。

 

 

 

 

 

posted by スズキアリーナ上越中央 / U’s 上越中央  | 2018年1月28日